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ガーディアン紙『Toy story: Chewing over Tchaikovsky's The Nutcracker』

BBCで、吉田都さんの『くるみ割り人形』が放送されていた。金平糖の精が吉田都さんで、クララがアリーナ・コジョカル。映像で見ると顔の表情がアップで見えるのが嬉しい。舞台を見るときには視界が何かで遮られててよく見えないところも、映像だとよく見えるので「あぁ、あそこはこういうわけだったのね。」と、いろいろ納得がいった(それほど良い席で見ているわけじゃないので(笑))。

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12月16日(金)のガーディアン紙に載っていた『くるみ割り人形』に関する記事が、私の『くるみ割り人形』への理解を少し深めてくれた。

Toy story: Chewing over Tchaikovsky's The Nutcracker
Gavin Plumley
http://www.guardian.co.uk/music/2011/dec/16/tchaikovksy-nutcracker-ballet

この記事には、初演時には、お菓子の国でエンディングを迎え、今日とは違って、クララは現実世界へは戻ってきていなかったことが記されている。
そして、『くるみ割り人形』の成功の大部分を、その情緒ある音楽に拠っているとしている。作曲者のチャイコフスキーはこの仕事にやる気が起こらず、なかなか取りかかれなかったらしいことが書かれているが、そんな彼が俄然とやる気を起こしたのは、愛する妹サーシャの死だったそうだ。いつしか、クララにサーシャを、ドロッセルマイヤーに自分を重ね、筆を進めていったとのこと。

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チャイコフスキーが死んだ妹をクララと考えていたなら、お菓子の国からクララが帰ってこない設定も、彼にとっては何も破綻が無かったのかもしれない、と私は思った。
おとぎ話の中で、「二人はいつまでも仲良く暮らしました」と終わるものは多い。お菓子の国童話に基づいて作られたプロットをチャイコフスキーが読み、妹の幸せな死後の世界を、理想郷のお菓子の国に見出していた可能性もあるのではないか。

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これまでいくつかの『くるみ割り人形』を見て、それぞれちょっとずつ違うのに気づいて、「おかしいな」と思うようになった。

金平糖の精は誰なのか?
金平糖の精を、クララが踊るものと、金平糖の精が新たに出てきて踊るものがある。”金平糖の精”と名前が付いているのだから、本来、別人格と考えるのが正しいのだろう。とはいっても、いきなりそれまでのストーリーとあまり関係ない金平糖の精が出てきてグラン・パ・ド・ドゥを踊ることに、個人的には不自然を感じる。優雅で美しいとは言っても、踊りの最高潮となるシーンを、ストーリー上の主役であるクララとくるみ割り人形によって踊られないのは、肩すかしをくらった気分になるのだ。

少しずつ異なる版がたくさん存在するのは、きっと台本を書く人もここに疑問を持つからだろう。
これはきっとクララの年齢設定次第だと思うので、原作・初演時・いくつかの改定版により、それぞれのクララの年齢を調べてみたいところだ。
by tsutsumi_t | 2011-12-26 11:14 | ダンス

英国ロイヤルバレエ『The Nutcracker(くるみ割り人形)』 2011年12月18日

高田茜さんが金平糖でデビューする『くるみ割り人形』。
彼女がオーロラ姫と金平糖にキャストされていることをネット上の情報で知ったときには、「え?入団してまだ2年の超若手なのに??」と驚き、にわかに信じられなかった。高田茜さんのデビューに加え、家族連れが殺到するであろうクリスマス前のマチネということもあって、いざチケットを予約しようとしたときには、時期は早かったにも関わらず、ほとんど席は売れており、(私が買える価格帯のリーズナブルな席は)立ち見席しか空いてなかった。


The Sugar Plum Fairy(金平糖の精): Akane Takada(高田茜)
The Prince(王子): Dawid Trzensimiech
HERR DROSSELMEYER(ドロッセルマイヤー): Alastair Marriott
Clara(クララ): Meaghan Grace Hinkis
Hans-Peter / The Nutcracker(ハンス=ピーター兼くるみ割り人形): Ludovic Ondiviela


とても堂々として優雅な金平糖だった。
高田茜さんの踊りは初めて見たけれども、針みたいな鋭さ、を感じた。

脚がいったん高く上がると、スッと決まった位置で止まって、決して揺れることがない。この高さに脚を上げるにはそのくらいの力が必要で、というのを計算してあり、つま先がピンと伸びているだけでなくて、どういう角度に足首をひねれば脚がキレイに見えるのか、まで研究しつくされているようだった。決してブレない、細くピンと張り詰めた脚。針のように鋭い緊張感。
それでいて、彼女の肩や腕、指先は絶え間なく柔らかに動いて、笑顔を絶やさず、優雅だった。

グラン・パ・ド・ドゥのアダージオが終わった時点で、眺めていたくるみ割り人形役のLudovic Ondivielaとドロッセルマイヤー役のAlastair Marriottが顔を見合わせて何か会話しているのが見えた。キャスト全員が彼女を盛りたてているのが分かって微笑ましい。

もちろん、帰り道の観客の反応の中には、「まだまだじゃない?」と言っている会話もあったりした。確かに、妙なぎこちなさ(例えば、踊っていないとき、王子のDawid Trzensimiechと顔を見合わせようとして、タイミングが合わない・・・とか、王子が来るのを待っているようで、待ちきれなさそうな感じ・・・とか)があったりするけれども、時が解決してくれそうだし。それにずいぶん長いこと、王子役はTBC(To be confirmed)になっていたせいもあるのではなかろうか。ずっと相性を見ていたのかな?
また、私のパートナーは「何か…フワリとした軽さが無い感じがするかも?」と言っていた。花のワルツに出てきたエマ・マグワイアがそれこそ軽やかだったので、それと比較すると、体重を後ろに残したような重さがあるのかもしれない。

でもきっと、これからどんどん解決されてしまうんだろうな!


ところで、最初に英国ロイヤルバレエの『くるみ割り人形』を見て驚いたのは、「ドロッセルマイヤーおじさんは鼠捕り機を発明したがゆえに、鼠の王様の呪いによって甥のハンス=ピーターをくるみ割り人形に変えられてしまった」という設定があること。
冒頭、ドロッセルマイヤーの工房で、彼が苦渋の表情で考え込むと、背後のハンス=ピーターの肖像画がくるみ割り人形が苦しむ姿に一瞬変わる、というシーンがある。プロットを知らずに見たときは、このシーンが全く分からなかった。

ドロッセルマイヤーはクララが彼の甥ハンス=ピーターにかけられた呪いを解いてくれると信じ、彼女にくるみ割り人形を託す。クララの勇気により、呪いは解け、お菓子の国から戻ってきたハンス=ピーターは無事、ドロッセルマイヤーの工房に辿り着き、ドロッセルマイヤーと再会を喜ぶ。

日本で見る場合、ほとんどこの設定は使われていないのではないだろうか?
私も最初はこの設定が英国ロイヤルバレエのオリジナルかと思っていたけれど、鼠取り機うんぬんの設定は初演時の設定に忠実らしい。

よく考えればこの設定は、この物語が成り立つようにしている。
「くるみ割り人形はなぜ王子様に戻るのか?」
「というか、そもそも、なぜ王子様はくるみ割り人形になってたのか?」
という疑問に明快な答えを与えてくれる。
そして、多くのその他の『くるみ割り人形』が”クララの夢オチ”ということになっているけれど、この設定がくっつくと、夢オチではなくなるのだ。
クララは実際にくるみ割り人形を助け、お菓子の国へ旅したのである。
原作ほど複雑でもなく、クララも現実世界に戻ってきて、理路整然と納得がいき、後味のよいプロットになっているわけである。
by tsutsumi_t | 2011-12-20 05:47 | ダンス

『MAMMA MIA!』 2011年12月7日

ピカデリー・サーカス駅の近くのプリンス・オブ・ウェールズ劇場で『MAMMA MIA!(マンマ・ミーア!)』を観る。
ミュージカルは英語のセリフが聞き取りにくいので、ほとんど観てないのだけど、会社の友達が誘ってくれたので。ちょいちょい聞き取れるセリフもあり、ストーリーも分かりやすい(というかあまりない?)。帰り道、「マニマニマニ・・・」と頭で反芻。

ロンドンで観たミュージカルには大抵映画がある。

『Billy Elliot』は映画の方が先。
映画が相当良かったので、ミュージカルが面白いか心配だったけど、ミュージカルにはミュージカルでしかできない演出があってよかった。例えば、炭鉱夫たちと警官たちの衝突のシーン。それと同時にビリーのダンスしたい葛藤がビリーやバレエ教室の女の子たちも混ざってごちゃまぜになって表現される。映画ではあり得ないことだけど、舞台上だとアリって思った。映画と違って簡単には場面変換できない分、面白いアイディアが観れる。

『Priscilla』も映画の方が先。でもまだ映画の方をちゃんと観てないけど、映画の中のシーンで、日の沈む砂漠にゲイのドラッグクィーンが立ち尽くすシーンを観た。舞台よりもずっと砂漠の不毛さが伝わって、ド派手なゲイたちの衣裳との不調和が面白そうだった。観たいなぁ。

『MAMMA MIA!』にも映画がある。これも観なくちゃ。
by tsutsumi_t | 2011-12-07 23:59 | ミュージカル

『UNDANCE』 Turnage/McGregor/Wallinger 2011年12月3日

サドラーズウェルズ劇場で『UNDANCE』をみる。
ロイヤルの『LIMEN』以来、ワイン・マクレガーの振付が気になっていたので、非常に楽しみにしていた。今回は彼自身のカンパニーによる上演。


まずは、『TWICE THROUGH THE HEART』。
舞台にかけられた紗幕、机、椅子、そしてオペラ歌手。シンプルな舞台を観客は3Dメガネをかけ、紗幕に現れる映像を観る。
主婦と思われる女性が錯乱したようにうろうろ舞台を歩き、苦しい様子で歌う。紗幕に現れる映像は、ベッドに腰掛ける男性、シンク、排水管、乱れたベッド、風呂場・・・。繰り返し、煙のように現れ、また煙の糸のようになってほどけて消えていく。主婦の行き詰った心理状態が伝わる。
プロットとしては、DVを受け続けた揚句、夫を刺殺した主婦を表しているらしい。

『LIMEN』でもマクレガーは紗幕にデジタル数字を浮遊させ、空間の歪むような面白い感覚を作り出していた。しかし、今回は歌手であり、彼女は動き回らないため、見ている方はその歪みを、3Dの映像そのものとしてしか楽しめず、それ以上、視覚的に面白いことは起こらない。つまり、3Dの映像は煙のように不確かで面白かったけれど、どう考えても、歌手との組み合わせはいただけない。


次に『UNDANCE』。
舞台の背景にグリッド、舞台の左右に”UN”の文字。
舞台には11人のダンサー。彼らは踊り、そして彼らが踊る映像が少しずれて背景のグリッドに映し出される。

この作品には2つの参照事項があるそうだ。
彫刻家リチャード・セラが残した動詞のリスト。そして、高速度の連続写真撮影を成功させてエドワード・マイブリッジの写真。

リチャード・セラの動詞のリストが導き出す疑問は、「動詞は名詞を作り出すことができる」→「動いているもの(動詞)を静止したもの(名詞)にできる」→「しかし、我々は一度起こしてしまった動きをUNDO(取り消す)ことはできるか?」
"UN-"という言葉は、実現可能なことなのだろうか?

エドワード・マイブリッジは馬の動きを連続写真におさめ、馬が曲げた4本の足を同時に地面から話している瞬間があることを証明している。例えばアルベルティが3次元空間を2次元の絵画として描くためにグリッドを用いたように、マイブリッジは時間にグリッドをくっつけ、馬の動きを静止した形態に切り取った。
動き続ける我々は、過去の動きを切り取り再現できるんだろうか?


答えは否。
背景に映し出されるダンサーの動きと、舞台上でライブで動いているダンサーには大小のずれがある。背景の映像は後ろ姿で、ライブのダンサーと同じ動きをしているのだが、背景の方がタイミングが早かったり遅かったり、また動きの幅も多少異なる。
我々は同じ動きをやり直すことはできず、つまりは新たに動きを生み出し続けるしかないのである。


今回の振付自体は、McGregor-ish(っぽさ)とでもいいたい感じのものだった。
このネバネバっこさ。
本来、男性ダンサーが女性ダンサーをリフトすれば、フワリと浮くように見せるものだが、彼の振付は違う。女性ダンサーの上半身は移動するが、脚はいまだ元の位置を離れず、ズズズと引きずられるように遅れて移動してくる。また例えば、手と足は前進しても、お尻は重心を離れず、ぶかっこうにお尻を突き出す。ダンサーの背中は期待以上に弓なりにしなり、肩や腕は普段曲がらない方向を向く。
ダンサーに感情表現はなく、やはり宇宙人的な、ネバネバしながらも無機質な印象。
そしてわざとなのか、決して緩急付けることなく、ずるずると続いていく。
でも決して嫌いではない。
by tsutsumi_t | 2011-12-05 02:55 | ダンス

Essex Road

英国ニュースダイジェスト LONDON隠れ家ストリート 『Essex Road N1 Part3』

http://www.news-digest.co.uk/news/london/london-street/north/8216-essex-road-n1.html

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店の入れ替わりの多い通りもあれば、そうでない通りもある。Essex Roadは、昔から長く続く個人経営の小さなお店が今も続いていた。店主に聞けば、「おじいちゃんの代から・・・」「おふくろが友達と設立して・・・」というセリフもちらほら。そういういいお店は既に取材されていることが多かったのだけれども、「いいお店は地元民に愛されて続いていく」ということがよく分かった。

ポーランド・ボレスワヴィエツ産のポテリーのお店に長居した。

以前に雑誌に広告を出さないか、と言われたことがあるけど、金額が高くて断ったんだよね、とのこと。今回の取材はチャージしないことを伝えると、ホッとした様子でいろいろ話してくれた。
ポーランドの陶器の町ボレスワヴィエツのこと、お母さんも絵付け師で、自分も絵付け師として働いていたこと、お姉さんと一緒にロンドンに来てお店を設立したけれども、お姉さんは国に帰り、今は自分一人で切り盛りしていること。そして、facebookにあるたくさんの写真を見せてくれながら、陶器の製造過程についていろいろと説明してくれた。
ボレスワヴィエツでは毎年8月に陶器市があり、街の広場一面に各工房の市場が立つそうだ。写真で見ると、小さな木製の切妻屋根が並ぶ様が、まるで童話に出てくるようにかわいらしかった。

また遊びに来てね、と笑うお兄さんは、数年来の友人みたいな気がした。よく考えると、どこか大学時代の友人によく似ていた。

一ヶ月後、載った記事が店に届いたようだ。facebookに記事をスキャンした画像と喜びのコメントが載っていた。日本語は読めないけれど、と書かれていたので、英語に訳してコメントする。
もう一度、訪れたいお店だ。
by tsutsumi_t | 2011-12-03 19:28 | ストリート


バレエ、ダンス全般、建築についてのブログ。


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プロフィール

Tsutsumi

Mechanical engineer / Architect

建築学科を卒業、日本の建築設計事務所で働いた後、2011年に渡英。
バレエやダンス全般の観劇についてここに記しています。

(追記)2013年4月に日本に帰国しました。

(追記)2016年12月に出産しました。観劇はなかなか難しく、ブログの内容が子育てにシフトしてきています。

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